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ブログ/2012-11-24

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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

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40年ほど前に大ヒットした劇画『空手バカ一代』では、詐欺で家を騙し取られた大山倍達が「このままではジリ貧だ…何とかしなくては」とか呟きながら当ても無く歩いていると、プロ柔道興行に出場していた木村政彦に出会う。

初対面ですっかり意気投合した二人だが、後日木村が大山を訪ねてきて「実は力道山という男からプロレスをやらんかと誘われておるんじゃが…」と相談を持ちかける。

「ああ、リキさんなら、短気なところもありますが、根はいい男ですよ」と答える大山。

そしてプロレス入りした木村は、力道山の引き立て役にされることに鬱憤を積もらせ、ついには力道山に挑戦状を叩き付ける。

打倒力道山に執念を燃やす木村だったが、『昭和の巌流島』と銘打たれたこの世紀の一戦は、しかし直前で引き分けにするようにお膳立てされていた。


『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』によれば、『空手バカ一代』はフィクションなので作り話も多いけれども、力道山が引き分けの約束を破り、本気で掛かってきたので木村が血の海に沈んだことは真実なのだそうです。



そして、大山倍達が空手を始める前に朝鮮半島で借力(チャクリキ)という武術を習っていた

というのは作り話で、本当はボクシングをやっていた

という「マジっすか!?」な情報も書いている、格闘技好きにはなかなか面白い本です。




かつて、ヒクソン・グレイシーはこの試合について感想を求められた時に

『木村政彦は私の父エリオに勝った偉大なファイターだが、こういうフェイク(八百長ショー)の試合に出場した時点で彼のサムライ・スピリットは失われていた』

というような発言をしていました。




ところで木村政彦が、全盛時には一日10時間半もの練習をし、そのあと座禅を一時間から二時間組んでいた



なんて、ホンマかな…??



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