拳正館空手道は、和泉市・大阪狭山市・堺市で活動する空手団体です。

ブログ/2011-07-10

Top / ブログ / 2011-07-10

武道&格闘技遍歴

身分証明書

日本空手拳法は、社会人になってすぐ始めた訳ではありません。

大学卒業後は、教習所で11時限教習(という事は、始業前・終了後業務、昼休みを入れると13時間の拘束時間)に、通勤片道1時間。

一日の半分は座って、またその半分は寝ている訳ですから、身体を鍛える気持ちにもなりませんでした。

若くて痩せていたので腹は出ていませんが、筋肉は衰える一方です。

転機は、教習所の近くの光明台に移り住んでから。

休みの日に緑道を歩いていると、空手着を着た人たちが何やらサンドバッグを車に積んでいる光景を目撃しました。

こんな所で空手やってるんや~、今度見学に行こうかな…

と、次の休みに見学に行くと、その道場では良く言えば和気あいあいと練習していました。

と言うのは、芸大少林寺拳法部では練習中の私語などもってのほか。先輩が後輩をシゴキまくり(それも理不尽なシゴキ方。コンクリートの上で拳立てを延々とさせて、先輩が上に乗ってグシャッと潰れたら『コラ~、何潰れとんねん!!』と、蹴り上げ、竹刀が折れるまでシバくのです。そんなんしても強くなれる訳ないやん…)

町道場ではさすがにそんな事ないやろと思っていたら、子供は喋りまくり、でもさすがに大人は喋りながらも楽しそうに練習していました。

こんなん、有りか…(カルチャーショック…)

即、入会を決めました。

そして、次の練習日まで毎日、筋トレ・ジョギング、身体を鍛え始めました。

でも、初日の練習ではミット打ちで吐きそうになり、2日後に猛烈な筋肉痛…

筋肉痛が数日続き、消えた頃にまた練習日…

一体、いつになったら筋肉痛にならないようになるのか…

結局、数ヶ月はそんな状態が続きました。若いのに、どんだけ身体なまってたんや…

空手では通常、試合でも練習でも、実際に戦う事を『自由組手』と言いますが、日本空手拳法ではその当時、スーパーセーフ面を装着した試合形式は、『試合』とか『面付け』と言い、素手素足で軽く戦う事を『空乱』と言っていました。

少林寺拳法では試合形式を『乱捕り』軽いのは『空乱』です。

ちなみに現在の拳正館では、本当の試合は『試合』練習で面を装着するのは『スパーリング』軽いのは、本当は『マス・スパーリング』なのですが、略して『スパーリング』と呼んでいます。



日本空手拳法の練習何回目かに、『空乱』をする機会がありました。

相手は代表より少し年上の黒帯。

ヘッポコ少林寺でも、一応大学体育会出身ですから、ボディにパンチの連打を食らわして黒帯をダウンさせて、もう一度仕切り直しで同じように殴り倒してしまいました。(本当は空乱なんだから、軽くしないと…)

そこで、先生の登場です。

先生は後屈立ちでどっしり構え、こちらの仕掛けてくるのを待っています。

怖いけど、とりあえず蹴りを出しました。

先生がこちらの蹴りを受けて回し蹴りを返してきたので、肘でブロックしたのは良いのですが、そのあと襟を掴まれて膝蹴りの連打。(当時はグローブやレガースは、空乱では付けません。だから接近すれば簡単に掴まれるのです)

え?

こんなん有りなん?

と思ったけど、必死に腕でガードして、涙目になりながら時間が終わるのを待ちました。

先生も、殺す気はなかったみたいで、顔面には膝蹴りを入れてきませんでした。



現在でこそ、総合格闘技なんてものが世間に広く認知されているけど、当時は『こんなにも実戦的な格闘技があるのか!?』という驚きでした。

まあ、先生が胸を貸してくれたのは、後にも先にもこの一度きりでしたが…



後日、初めての『面付け』の時に、距離感が判らずに、こないだの黒帯の人にボコボコにされたり、慣れてきたら逆にボコボコにしてやったりの、楽しい練習の日々でした。

しかし、入会して半年程すると問題が発生!

その道場は、日曜日の午前中に練習があるのですが、教習所は休みがまちまちなのです。

実は、道場に行きたいが為に、毎週日曜日に有給や休日振り替えをしていたら『誰でも日曜日に休みたいんじゃ!』と、上司に怒られたのです…

偶然日曜日が休みの時だけ道場に行っていたら、数ヶ月に一度しか通えません…

そこで先生に相談して、その道場に在籍しながら別の道場に通うという許可を得て、超有名フルコン道場にも通うようになったのでした。

以下次号!

好青年

画像は、22歳くらいの代表。別にグレていた訳ではありません。暴走族でもありません。この時代の岸和田人は皆こんなんでした。
初めての優勝

これは、日本空手拳法で初めて優勝した時の写真。
3回勝って優勝したなんて、夢のようでした。

コパ・ダ・アミザデ

これは、もっとずっと後の、2005年、コパ・ダ・アミザデという柔術の大会で、やはり3回勝って優勝した時の写真。

三木くん

これは相補の好青年三木くん。

ぐったり桃子

これは暑さでぐったりの桃ちゃん。



コメント


認証コード(0140)

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional